第十話『荒野の戦い2』 担当者:あやにょ
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来たれ、稲妻!
「破ぁぁぁっ!」
 グラティスは剣に渾身の気を込めて振り下ろす。その衝撃波が、目の前に迫った稲妻を消し去った。
 だが、そこへ場違いな笑い声。
「あっはははは、ひぃひゃははははは」
 グラティスが正面に視線をやると、少年魔族が身をよじらせて大笑いしていた。
「は、は、は、恥っずかし〜っ。『破ぁぁぁっ!』だってさっ! うわー、真似するだけで鳥肌だよ俺っ」
 芙宇の隣に立つ羅威は表情にこそ出さなかったが、やはり声には笑いが混じっている。
「ふむ。あちらの若者の呪文もそうですが、聞いてるこちらが恥ずかしくなります。勇者の精神構造は我々のような常人には理解できませんね」
「「やっかましいっ!!」」
 アルカスとグラティスは同時に怒鳴った。グラティスは芙宇に向かって駆けながら、再び剣を振るった。
「破っ!!」
 芙宇はその衝撃波をかわしたが、接近戦に持ち込まれた。
 アルカスも魔族たちに向かって詠唱を始めた。
我に宿るは神の怒り。汝を討つは裁きの光! ライトニングアロー!!
 激しい雷光が矢となって飛び出した。羅威と芙宇に向かって飛んでいく。
 ……だが、その進行方向には芙宇と剣戟を交わすグラティスもいた。
「うぉっ!?」
 背後から何かが迫る気配に、グラティスは身体をひねってスレスレでかわした。芙宇もかろうじて避ける。羅威は自分の手に生み出した雷で、雷の矢を払った。ふと気付けば、アルカスの顔が目の前にある!
雷の剣よ、我が手に!
 羅威の手に、金に光る剣があらわれた。アルカスが振り下ろした剣を受け止める。バチバチっとアルカスの剣にまで電気が走り、驚いたアルカスはすぐに離れた。自分も雷を扱うから対策はしてあるが、万一感電してはたまらない。羅威も飛び退いた。剣の技量ではあきらかにアルカスが勝っていると一合でわかる。あまり接近戦はしたくない。
 隣で少年魔族と打ち合っているグラティスが怒鳴った。接近戦ではグラティスが優勢のようだ。
「アルカス! さっきの、俺を殺すつもりかっ!」
「い、いや、そんなつもりはなかった」
「ないんだったら少しは考えろ! あやうく死ぬトコだったろうが刺青馬鹿!」
 と言ったとき、芙宇の巻き起こした風に押されて後退させられた。だがグラティスは剣の一振りで風の圧力を断ち切り、再び接近戦に持ち込む。
 アルカスがグラティスに気を取られている間に、羅威は次の行動を開始していた。剣を消し、右手に闇の鞭を生み出す。手首を一振りすると、アルカスの左手に鞭が絡まった。
走れ、雷光!
 闇の鞭を通じて雷光が走った。アルカスは右手に持った剣で鞭を切り捨てた。
 だが、羅威が指を一つ鳴らすと、落ちた鞭が伸びてアルカスの全身を絡め取り、動きを封じた。しかも鞭には雷が残っていた。電気ショックを受け、アルカスは倒れた。
「くうっ!」
「あなたは後です、芙宇が危ないようなのでね」
 羅威はそう言って、グラティスに向かって鞭を繰り出す。アルカスが警告する間もなく、グラティスも鞭を断ち切った。
風っ!
 芙宇の言葉と同時に、切り落とされた鞭がフワリと浮いて、背後からグラティスを襲った。芙宇と剣戟を交わしていたグラティスは、意外な方向からの攻撃に対処できなかった。右腕と左脚から血が吹き出て、がくりと膝が落ちた。見れば、風の刃が添わせてあったのか、深くパックリと傷口があいている。苦痛に顔が歪んだ。さらに、
来たれ、稲妻!
 羅威の言葉と同時に、雷撃がグラティスを襲う。慌てて左手を掲げた。甲高い音を立てて稲妻がはじけ、ピシピシピシ、と何かにひびが入るような音がした。
「……!」
 グラティスは痛む右腕で目を守った。左手の防具と腕輪が衝撃に耐えられず砕け散る。右手にも篭手をしていたのにも関わらず、金属片がいくつか、深々とくい込むのがわかった。
「これであいつは剣を持てないし動けない、っと」
「上出来です、芙宇。でも、さっきの鞭の恩はきちんと返していただきますからね」
「わかってるって。いつも通り、飯一回分ね」
「おやつもつけて下さい」
「ん〜しょうがないなあ、豆腐一丁薬味つきでどう?」
「大変結構。さあ、もう少しお仕事が残ってますね」
 二人は軽口を叩きながら、剣で鞭の呪縛を断ち切った男がグラティスに駆け寄るのを確認していた。
「グラティス!」
「馬鹿野郎、そっちを見ろ!」
 羅威が両手にため込んだ雷を放り投げようと振りかぶっていた。
(やばい!)
 振り返ったアルカスはグラティスを背後に庇うようにして詠唱した。
光の神の力もて、我を守るは光の盾! 暗き闇から、我を守り給え! ライトシールド!
 雷と無色透明の盾が激しい音を立ててぶつかる。光の盾といえども爆風は防ぎきれない。もう盾を保持できない!
「くっ……」
 自由な左手でアルカスは飛んでくる砂から目を庇う。同時に右手の剣を左方に薙ぐ。
 いつのまにか間近に迫っていた芙宇の風の刃とアルカスの剣が、いやな音を響かせた。
「ありゃ、っととと」
 おさまらぬ砂嵐の中、気配だけを頼りに繰り出されるアルカスの攻撃からかろうじて身をかわし、バランスを崩した芙宇は風を操ってそれに乗った。羅威の近くに着地する。
 グラティスは無事な左手で剣を握っているが、立てない。
(くそっ、情けないっ)
 アルカスは素速くグラティスの斜め前に立ち、二人の魔族から庇う姿勢をとった。
 視線だけで二人の魔族を牽制しようとするアルカスに、羅威は感嘆の表情で言葉を紡いだ。
「たいしたものですね、神官さん。光の盾……初めて見ました。光を扱うのは多大な精神力を必要とすると聞いていますが」
「でもさあ」
 芙宇は口元に笑みを浮かべて言う。
「そろそろ疲れてきてるんじゃないの?」
 アルカスは答えない。答える義理もない。だが、限界が近づいているのは確かだった。
 神官の魔法は精神力がすべてだ。詠唱はただ口にすればいいというものではなく、それなりに力が要る。紋章を身に彫り、詠唱の言葉を知ったとしても、その詠唱を唱えるに足る精神力が必要なのだ。
 しかし、精神力は無限というわけではないようで、しかも体力と連動している。体力を使いすぎても精神力が落ちるし、精神力を使いすぎても体力が保たなくなる。そうすると、集中力もなくなるから、魔法が使えなくなる。
 剣も魔法も使うアルカスは、そのバランスを取るのに長けていた。
 だが、光の魔法を使うと消耗が激しい。「光は世界の礎」と古書で言われるだけのことはあり、その力は尋常ではなかった。
 ……確かに自分の状況は厳しい。かなり力が奪われている。だが、それを気取られる必要はないし、気取られてはいけない。
 アルカスは黙って剣を構え直した。次に繰り出す魔法を何にするかを考えながら。
 羅威は目を細めて、低い声で尋ねた。
「名を聞いておきましょうか」
 若い神官は集中力を高めながら、静かに名乗った。
「アルカス。アルカス・ヴィラードだ」
「ふむ。覚えておきましょう」
「さ、そろそろ終わりにしようよ。お腹減ってきたし」
 あくまで軽い芙宇の口調に、アルカスの中で何かが切れた。
「俺は負けない! ……神よ、その熱き息吹もて、すべての邪悪を浄化したまえ! ファイアランス!!
 宙に生み出された炎の槍が二人に降りかかる!
「おや、炎も使うんですか」
「悠長に言ってる場合かよ、羅威!」
 芙宇が右手を大きく動かす。風に押され、槍の形を失った炎がアルカスに向かう。アルカスが気合いと共に剣を振る。グラティスも斜め後方から左手だけで剣を薙いだ。二人の剣圧で炎の大部分が消えたが、わずかに消えずに残った炎がアルカスの頬をかすった。
「くっ」
 火傷の痛みに顔をしかめるアルカス。
王よ、私に力を
 羅威が宙に雷の紋章を描いた。それを見た芙宇はにやりと笑い、タイミングを計って風を生み出す。その風の想定軌道上に羅威が勢いよく紋章を放り投げ、芙宇もさらに重ねて何か紋章を描いた。それを見て、アルカスは驚きの声をあげた。
「水!?」
 二人の魔族の意図に気付いた後方のグラティスが叫ぶ。
「避けろ、アルカス!」
「それ行けぇ!」
 芙宇がさらに強く風を生み出し、紋章が変化した稲妻と水が混じり合って嵐となった。帯電した嵐が加速したまま、二人の神官の正面から襲いかかる。
「アルカス!」
……燃えさかる炎は神の怒り、吹き荒れる風は神の雄叫び
 目を閉じて集中しているアルカスに、グラティスの声は届かない。
我、今ここに誓う…神を冒涜せし邪悪なる者に、大いなる滅びを与えんことを!!
 彼を中心に力が高まっていく。力を抱え込む。目を見開く。そして、解放。
ファイアストーーーーーム!!!


 ぴくり、と身体が震えた。
(何……?)
 ゼイルは皿洗いを手伝っていた手を止めた。
(窓の、外?)
 何か、聞こえた気がした。鳥の声? いや、違う。空耳?
 同時に、自分の身体の奥底で、何かがうごめいた気がした。ゾク、と寒気にも似た感覚。微かな酩酊感。
(何カガ、呼ンデル)
 久しぶりに会ったその男の第一声は、「この馬鹿」だった。
「この馬鹿。だからあのとき、あいつらに情をかけるのはやめておけと言ったんだ」
 見渡す限り不毛の土地を見渡して、男は言った。
 私は小さく笑った。私を面と向かって「馬鹿」呼ばわりしてくれるのは、こいつくらいのものだ。そして、信じられないほどの無理をして、ここを訪れてくれたのも。そう、彼はこの場所で迎える初めての、そして多分最後の客だ。
 男は「理解できない」というようなそぶりをした。
「お前は、お前自身に追い出されたようなものだ。いや、縛りつけられたのか?」
 どちらともつかない。その判断は、私であっても難しい。だから何も言えない。
「……お前が自由になる日はこのまま永遠に来ないかもしれないぞ」
 男の苦々しい声。だが、心配されているのはわかった。
 豊かな実りをもたらす黒土のような深い茶色の髪と瞳が、揺れていたから。
「いいんだよ」
 私は言った。遠くの空に、鳥の影がよぎった。
「今はこれでいい。あいつらは今ここで、初めて自由を得た。きっと、私もそうなれる」
 男の目が、痛々しい色を帯びた。口が開いた。
「そんなこと、無理だとわかっているくせに。今や、お前はあいつらの……」

「どうしたの、ゼイル君」
 皿を洗う手を止め、リィネが尋ねた。
「え?」
 ゼイルは目をぱちくりさせた。リィネを見ると、大きな焦げ茶色の目が不思議そうに彼を見ていた。
「ゼイル君、窓の外を見たまま動きが止まっちゃったから。どうかした?」
「いえ、……なんだか、妙な」
「妙な?」
 ゼイルは再び窓の外に視線を向け、首を傾げた。続いて頭を左右に振る。少し頭が痛い。
「疲れてるんじゃない? 無理しない方がいいよ。ここはもうすぐ終わるから、夕方までお部屋で休んだら?」
「うーん、じゃあ、そうします。夕飯は僕が作りますから」
「うん、私も手伝うね」
 手を拭いて自室へ戻るゼイルの後ろ姿を見送ると、リィネは皿を水で濯ぎながら、思った。
(ゼイル君の眼、ちょっと森夫君がかってた?)
 ほんの少し、赤みがかっていたような気がしないでもない。
 ついでに、湧き上がりかけていた魔力の気配。
「な〜んなんだろー、へーんーなのー」
 リィネは妙な節回しをつけて呟くと、鼻歌を歌いながら皿を拭き始めた。


 午後の太陽が、街道を行く二人の旅人を照らしている。再び色彩をかえた芙宇と羅威だ。
「あいつらどうしたかなあ」
 足下の石を蹴りながら歩く芙宇に、丸眼鏡をかけ直した羅威が答えた。
「あれほどの爆発でしたからね。私たちは芙宇が爆風を多少操ってくれたおかげで今こうして歩いていますが、あちらさんはどうですかねえ。生きてたとしても、体つきのいい方の人の防具を壊しておきましたから、彼らには多少の寄り道が必要になるでしょう」
 風、水、雷、そして炎。四種の力の衝突は、すさまじい爆発を巻き起こした。まともに巻き込まれれば死んだかもしれない。かろうじてその爆発から逃げてきた二人だ。爆風で飛ばされてきた小石などが二人の身体のあちこちに切り傷を作っていた。
「なあ、羅威。これって、やっぱり俺たち逃げてきたってことになるのか?」
「ものは言いようですよ、芙宇。こういうのは敵を足止めした、というんです。おやつの時間も近かったことですしね」
「逃げるが勝ちとも言うだろ……あ、じゃあ俺たち勝ったんだ」
 芙宇の言に、羅威はなるほど、と手を打った。
「たまにはいいこと言いますね、芙宇」
「たまに?」
 二人は笑う。傷もあるし疲れてもいるが、歩みは軽かった。
「佳瑠様だったら、今日の戦いに何点つけるかなあ」
「正当防衛ですが、戦闘の発端が間抜けでしたからね。あなたのせいですよ」
「何でそうなるんだよ!」
 二人は平野を行く。前方には、小さな街が迫っていた。それから、おやつの時間も。


「う……」
 先に意識を取り戻したのはグラティスだった。大きな木の根元に座り込んでいる。後頭部が痛むのは、この木にぶつけたせいか。
 周りを見回す。すでに魔族の二人組はどこかへ消えていた。数グレーザ先に、アルカスが倒れている。グラティスは座ったままアルカスの元へ、無傷の左腕と右足をうまく使って近づいた。
「全部受け止めるなんて、無茶しやがって」
 爆発が二人を襲ったとき、アルカスは再び光の盾を作り出したのだ。おかげで爆発には巻き込まれずに済んだが、爆風は威力をほんの少し弱めただけで盾を乗り越えてきて、二人の身体は風に飛ばされた。
 仰向けに倒れているアルカスのすぐそばに座り込んで、異常がないか調べる。特に大きな傷はないようだ。
「アルカス。おい、アルカス」
 反応はしているが起きない。寝ているだけだ。光の盾を作る際に限界以上の力を引き出したからだろう。わかっているが、何だかムッとして、後輩の額をベシッと一つ叩いた。アルカスは呻いたが、起きなかった。
(まあ、性格上「受け流す」なんてこと思いもよらないんだろうが……)
 受け流したほうが、全て受け止めてこらえるよりも力が少なくて済む。ただでさえ消耗の激しい光の魔法の盾ならば、なおさらその方がいいはずなのに。
 とりあえず放っておいても大丈夫だろうと、今度は自分の傷を見る。出血は続いているが、鋭い風の刃で切られたためか、思ったほど多くはない。左足も右腕も腱は切れていないようだ。右腕はやや深刻だが、左足はきちんと処置をすれば歩けないほどではない。それから、右腕に深々と刺さった金属片を抜き取る。一つ取るたびに血が溢れ痛みが走った。
(……手首もやられたか。治癒術を受けても二日は剣が持てないだろうな)
 止血しようとして、左手と歯で自らのマントを裂くと、その音でアルカスは目を覚ました。
「おう、起きたか」
「グラティス……そうだ、傷は!?」
「血は思ったほどでもない」
 グラティスが傷口を見せる。アルカスは即座に詠唱を始めた。
我、希(こいねが)うは善なる神の大いなる慈悲。…キュアライト
 グラティスを弱々しい白い光が覆ったが、すぐに消えてしまった。傷口に変化はない。
「あ、俺、治癒術は効きにくい体質だから」
「そうなのか?」
 第一、アルカスも疲れ切っている。身体に力は多少戻ったが、集中力が保たないから呪文にも威力がない。その事実を認識したが、何度も繰り返す。やがて脚の傷口だけはなんとかふさがったのを確認すると、アルカスは大きく息をついた。さらに裂いたマントでグラティスの右腕の傷の止血をしながら問いかけた。
「あいつらはどこへ?」
「わからん。俺もしばらく気を失っていたからな。その間にドロン、だ」
「くそっ!」
 アルカスは自分を罵った。勝てないとは思えなかった。しかし、現実にはまんまと痛い目に遭わされ、逃げられている。これが現実か。これが結果か。
「俺たちは訓練したとはいえ、長く共闘してきたわけじゃない。付け焼き刃だからな」
 アルカスは黙り込んだ。そんな後輩を見やりつつ、治った脚で立ち上がる。
「とりあえず、教会に行こう。すこし南に下ったところにあったはずだ」
「しかし……」
「俺たちには休養と補給が必要だ。このまま奴らを追う、なんて言うなよ? どうせあいつらの行く先は予想がついてる。今のお前と俺の状態でアゼットに行ったところで、何もできんだろうが。返り討ちにあうのがオチだ。神殿にも連絡しておいた方がいいだろう」
 アルカスは悔しそうな表情をさらに歪めたが、やがてため息をついた。
「……わかったよ」
 二人は荷物をまとめた。
「俺たちの命を取らなかったことを後悔させてやる」
「おう、その意気だ」
 もっと強くならなければならない。それにはどうしたらいいのか、考えながら。


010724  健康のために、良質の植物性蛋白質を取りましょう。(羅威)


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