第十一話『オヤツノジカン』 担当者:えいちけいあある。戻る。 |
アゼットへ到着しての第一声はこうだった。 「やぁ、何ともしみったれた村ですねぇ」 「いきなりそれは無いだろ? …まぁ、間違っちゃいないけどさ」 羅威の言葉にツッコミを入れつつ、芙宇はケラケラと笑った。 彼らの言う通り、アゼットはとても小さな村だった。港町でもなく、大きな都市や神殿からも離れている。しかもひっそりと森の奥に隠れていて、鉱山が近くにあるわけでもない。ぱっと見て、商工業が発展する要素はゼロだ。ここに村が出来た理由を問われたときに、どう応えるべきか悩んでしまうほど何も無い。あえて魅力を上げるとすれば、森の奥という静けさ。景観の美しさ。空気の清らかさ。そんなところだろう。 「ところで、佳瑠様はどこにいるんだろ?」 「おや、芙宇。まだ感じ取れませんか?」 羅威は肩に垂らしていたみつあみを、さっと後ろに払った。 「こちらの通りを真っ直ぐの方向ですよ。ここまで来れば、紋章だけではなく、佳瑠様自身の魔力も感じられる。そう遠くはないようですね。…おや?」 そこまで言って、羅威は軽く首を傾げた。 「…他に、微弱な魔力が…一つ…二つ? 変ですねぇ。王のものらしき力が見当たりませんが」 芙宇も通りの先を見つめて腕組みをした。 「…ま、よく分かんないけどさ。行ってみるしかないんじゃないの?」 『リィネ〜。何かぼく、すごく嫌な予感がするよ』 にょろが言った。リィネはティーカップをテーブルに置きながら首を傾げた。 「にょろ? どうかしたの?」 にょろは無言でテーブルの上を指差した。 白地に青い模様の入ったティーカップが、六組並んで置かれている。ケーキも六つに切られており、にょろの前のケーキは他よりほんの少し大きかった。 「? これ? フェルミアさんのお店で安売りしていたんだけど…。もしかして、嫌いだった? 小さいのと取り替えようか?」 『ううん! 好きだよ!!』 にょろはケーキの皿を両手でかばい、大慌てで首を振ったが、 『…っていうか、何で六人分もあるのさ?』 疑問を尋ねることも忘れなかった。 「何だ、そのことなの? あのね、佳瑠さんにお客さんが二人来るんだって。…そろそろ着くんじゃないかなぁ?」 リィネの答えに、にょろは眉をハの字にした。 『やっぱりそうなの?』 「どうかした?」 『どうかしたじゃないよ…』 泣きそうなにょろを、リィネは大きな瞳をぱちぱちさせて、不思議そうに見る。悪意というものがまるで感じられない顔である。にょろは小さくため息をついた。 「あ、リィネさん。すいません、何のお手伝いもしませんで」 ゼイルが奥の部屋から顔を出した。 昼寝でもしていたのか、どことなくぼーっとした表情だ。肉体労働が続いているためか、最近彼はよく眠る。その努力の結晶はと見ると、土台固めが終わり、今は丈夫な木材での骨組みに掛かっているところだった。遠目にも、かなりの広さになりそうだと分かる。 「ううん、大丈夫だよ。あ、そうだ。ゼイル君もおやつ食べるよねぇ?」 「もうお茶の時間ですか。すっかり眠ってしまっていました」 ゼイルはにょろの後ろに立ち、テーブルの上を覗き込んだ。にょろはテーブルクロスをぎゅっと握ってうつむく。 (お、お願いだからぼくの後ろに立たないでよぉ!) にょろを怖がらせていることに気付くはずも無く、温和な男は呑気ににっこり笑った。 「あ、これは角の店のケーキですね? 買い物帰りに一度食べましたけど、なかなかでしたよ」 「あれ、分かる? 美味しいよねぇ。ミリエさんのところより見た目は地味だけど、甘すぎなくて好きなんだ」 「そうですね。広場の店は、すぐに虫歯になりそうですから」 二人はその後、上手な紅茶の入れ方やら珍しいジャムの作り方などの優雅な話題で盛り上がりながら、影の厨房に消えていった。 『…リィネ…どうして平気なんだろ』 ぽつりとにょろが呟く。 「リィネ殿のあの度胸。まさにエルザリオの再来と言ったところか」 ぽつりと佳瑠が呟く。 にょろは飛び上がるようにして後ろを振り返った。そして、 『な、何なの? その色…』 間の抜けた声で言って、思わず佳瑠の頭を指差す。 「ああ、忘れていた」 佳瑠は気を悪くするでもなく上目遣いに自分の前髪を見て、手櫛で一度かきあげた。 真珠のようにつややかな、光りを纏った銀の長髪――それが、その瞬間に見慣れた闇色に変わる。 「少々入用があったのだ。このままでは目立ち過ぎて、無用な混乱を招くことにもなろう?」 同時に溢れ出した魔力に圧倒されながらも、にょろはこうツッコミを入れた。 『…さっきのも変に目立つと思うよ』 無論、佳瑠にも聞き取れないほど、消え入るような小声ではあったのだが。 木々の影に、白い壁が隠れていた。携えている雰囲気は神殿のそれに酷似している。小さな教会。今、木造二階建てのその扉を、叩く者の姿があった。 「はい、どうかなさいましたか?」 扉が開かれ、人のよさそうな神父が顔を出す。 「失礼、中央神殿の者ですが」 アルカスが軽く会釈をして言った。 「これはこれは中央の神官様が何故このような…? ここは東部神殿の……まぁ立ち話もないですね。どうぞお入りください」 神父は扉を大きく開き自分はその脇に避けて、二人の訪問者を招き入れた。 教会の中は外から見た通り狭く、時折暖炉で薪がはぜる音がする他はしんと静まり返っていた。 「…これは酷い」 グラティスの怪我の具合を調べていた神父はそう言って顔をゆがめ、詠唱を始めた。 「清浄なる光は神が紡ぐ白き衣。その大いなる慈悲を求むるは我、小さき者なり。……キュアライト・クロース」 空中に現れた淡い光の帯が、包帯のようにグラティスの腕に巻きつき、やがて消える。全員が覗き込むも、患部に劇的な変化は見られない。心なし小さくなったかどうかというところである。神父はしばらくの間押し黙っていたが、左右に小さく首を振ってこう言った。 「これでは…完治するまで少々長引くかもしれませんね」 「そりゃあまぁ、そうだろうな」 グラティスは自分の腕を見下ろして頷いた。 「応急処置はしたのだが…」 アルカスが心配そうに呟く。 「適切でした。危うく大事に至るところでしたから…」 神父はにっこりとアルカスに笑いかけて頷いた。グラティスは肩をすくめた。 「そんなことより、俺たちにゃあ急ぎで神殿に連絡してぇことがあるんだけどよ。どうにかなんねぇか?」 「それでしたらご案内いたしましょう。アルカス様、こちらへ。グラティス様はそちらでお休みください」 神父はアルカスを伴って教会の外へ消えていった。 教会の裏に、白く小さな石碑が立っていた。その半径約一グレーザ円内には、草一本生えていない。森に馴染もうとしない、異質な物体。 その表面に刻まれた光の紋章。目の高さほどにあるそれの上に、アルカスは右手を乗せて瞳を閉じた。 (……魔法神官アルカス・ヴィラードより、中央神殿へ報告があります――) 「ここですね。間違いないようです」 「ホントかよ? こんなファンシーな家に佳瑠様がいるわけ? 似合わないなぁ」 羅威と芙宇は、小さな可愛いお家の前に立ってささやきあった。 「まぁ、こうしていても仕方がありません。手っ取り早く確かめてみるのがよいでしょう」 軽く扉をノックする。家の中からトントンと足音が聞こえ、程なくカチャリと開かれた。 「はーい、どなたですかー?」 出迎えたのは、大きな瞳の女の子。微かな違和感に、羅威の目が細められる。 「…あ、佳瑠さんのお友達の方ね? どうぞ上がって」 にっこり笑って手招きする彼女に少々戸惑いながらも、二人は黙って後に続いた。 「佳瑠さん、お友達が着いたみたいだよ」 リビングでくつろいでいた二人の男が顔をあげる。窓際に立っている一人は見知った顔――佳瑠である。 「佳瑠様!」 芙宇が嬉しそうに駆け寄る。 「よく来たな。…リィネ殿にゼイル殿。すまないがしばし外していてはもらえまいか」 佳瑠は静かな声でそう言った。 「あ、はい。僕たちは向こうの部屋で待ってます」 見知らぬ男がソファからすっと立ち上がり、穏やかな笑顔で会釈すると隣の部屋へ姿を消した。彼が横を通り抜けた時、羅威は指でメガネを押し上げ、不思議そうに首を傾げた。 「それじゃ、お話が終わったらお茶の時間だからね」 少女はにっこり笑って言うと、リビングの扉をパタンと閉めた。 佳瑠は、黙って部下の報告を聞いていた。 「……で、それからさ。三日前だっけ? 二人組の勇者とかいうヤツに会ったよな?」 「ああ、そう言えばそうでしたね」 羅威は思い出したように頷いた。芙宇は呆れ顔でそんな彼を見る。 「嘘だろ? 忘れてたのかよ。あいつら、今回最高のヒットだったじゃんか」 「失礼ですね、芙宇。名前もちゃんと覚えてますよ。確か……ヴィルカス・アラードと言いましたか」 「違うよ。アルヴィラ・何とかだろ?」 二人の間に、数秒の沈黙が下りた。 「……そんなはずはありません。私の記憶を疑うのですか?」 「ああ、疑うね。絶対俺の方が当たってるって!」 「そうでしょうか? それではあの筋肉の方の名前を言ってみてください」 「えーと、筋肉筋肉…って、聞いてないのに分かるわけないじゃんか」 「おや、そうでしたね」 「でも、あいつは『破ぁぁぁっ!!』でいいんじゃないの?」 「それはよい考えです」 二人は肩を揺らして笑った。 「……もういい」 佳瑠がこめかみを押さえて会話を遮った。それでやっと二人は佳瑠に目を戻す。だが、 「あ、そうだ。佳瑠様、王が見つかったって言ってなかったですか? どこにいるんですか?」 「そもそも、ここはどなたのお宅なのでしょう」 「そうそう、それも気になってたんだ」 「それにあの二人。彼らが持つ魔力は一体?」 「だよな? でもあれ、人間だろ?」 矢継ぎ早に質問が飛び出した。佳瑠は深いため息をついた。 「……後で説明する。とりあえず、今は向こうでお茶を頂こう」 神父が差し出した湯飲みの中身を覗き込み、グラティスは顔を仰け反らせた。 「何だよこれ? うっ、かなり変な臭いが…」 「ゼゼグン草の薬湯です。体の芯から温まって、よく眠れますよ。傷の治りも速めてくれます。さぁ、どうぞ」 神父は善意の塊のような笑顔で答えた。断りきれずにグラティスは、渋々それに口をつける。 「……」 グラティスの顔が見る見る歪む。よほどまずいらしい。 (気の毒に…) アルカスは哀れむような視線で彼を見た。しかし、 「アルカス様は、こちらをお飲みください」 神父に湯飲みを渡されて唖然とする。 「乾燥させたスワレの実を炒って、煮出したものです。心と体を安らかにして、疲れを癒す効果があります。よろしければ、どうぞ」 仕方無しに一口飲み込む。 「……」 鼻の奥がツーンとするほど、苦い。 「どちらもまだおかわりがありますので、遠慮しないで飲んでくださいね」 (誰が!!) 神父の言葉に、二人は心でそう怒鳴った。 二人の勇者は、無言で辛いお茶の時間を過ごした。 「もー、どれもこれもハズレばっかり!」 部屋の隅の机に向かっていた少女が、ショートカットの頭を左右に振って愚痴をこぼした。机上には大量のメモが散乱し、どこから手をつけるべきか悩むところである。分類するためにいくつかの小箱が置かれていて、読み終わったメモをその箱に分け入れるのだが、『ハズレ』とかかれた箱だけに異様なほどのメモが山積みにされている。その逆に、『重要』と書かれた箱の中には一枚も入っていなかった。 (ちょっと気分転換したほうがいいかも) うーんと伸びをして、立ち上がる。 (シェリんとこでも行ってみようかな?) そう決めるが早いか、サジャは扉を開けて外に飛び出した。 「あー美味しい。クジーレ様があんたを部下にした理由がわかるわ。…おかわり」 「…どういう意味だよ」 シェリはむっとしながらもサジャのカップにお茶を注いだ。 中央神殿を囲む街の一つ、南のエルデン。彼らは今もそこにいた。大陸中にばら蒔いた種の芽を、いち早く収穫するためである。二人の上司であるクジーレはというと、この場の仕事を彼らに預け、すでに大陸西の本拠地へと戻っていた。 シェリが現在滞在している宿は、街の外れに位置している。彼の大きな召喚獣も、郊外ならば比較的呼び出し易い。『会合のときの隠れ家』からは幾分離れているが、サジャはたびたびここを訪問していた。 「あーあ。早くクジーレ様のとこに帰りたいのになぁ。入る情報、ぜーんぶハズレ。やんなっちゃうよ」 「俺だってお前相手の給仕には飽き飽きだぜ」 シェリはどっかりと椅子に腰をおろし、皿の上のクッキーに手を伸ばす。 ――バサバサッ! その頭めがけて、どこからか数枚の紙切れが降ってきた。驚いて見上げると、小さな子どもが食器棚の上で、シェリを指差し声を立てずに笑っていた。一見すると人間によく似ているようだが、その身長は普通の子どもの三分の一にも満たない。額に抱く薄紫の鋭い角から、パチパチと紫色の電光が弾けた。 彼の名は、雷の召喚獣・クェルカ。サジャと契約している、珍種の召喚獣である。クェルカは角を通じてあらゆる電波を受信する特殊能力を持っていた。今もサジャの命に従って、神殿の通信電波を傍受している。ただし彼は声を持たず、そのため受信内容の報告はメモを介して行われるのだった。 「お前、クェルカのしつけくらいしておけよ!」 シェリは頭の上から一枚掴み取ると、サジャを睨みつけた。 「しつけてるよ。ちゃんと照準通りだったじゃない。いい子ねー、クェルカちゃん」 サジャはクェルカに手を振って、爽やかに笑った。 「…ほんっとむかつくやつだぜ」 シェリはブツブツ呟きながら、その紙切れを開いた。そして、ニヤッと笑みを浮かべる。 「おい、サジャ。とうとうアタリが来たみたいだぜ?」 2001.08.25 続く。 |
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