第十八話『にょろ奮闘記』 担当者:そぼりん
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 ガサガサガサ。
「…」
 バキッ。ガサガサ。ぐにょっ。
「……」
ズボズボ。ぐさっ。ガサガサ…
「………だーかーらー」
 芙宇は前を歩く羅威の襟首をむんずと掴んだ。
「普通に道を歩こうって言ってんだろ! 中央エリアまでキレイに舗装された道があるってのに、なんでわざわざこんな山道を通るんだよ!」
 リィネの家を出て、南に向かった羅威と芙宇。彼らは…また山道を歩いていた。
「まったく、困った人ですね、芙宇。これが近道だと何度も言っているでしょう」
「どっちが困った人だよ。こんな道ばっか行ったらよけーに時間食うだろうが! まったく…お前の脳みそ、豆腐でできてんじゃないのか!?」
「おや、それは美味しそうですね。とにかく、私は回り道をするのがキライなんです。大丈夫、このまままっすぐ行けば中央エリアに入りますから」
「サイアク…。やっぱあそこで別れて中央エリアで待ち合わせとかにすればよかったぜ」
 とは言うものの、この非常識な羅威を一人にするのはあまりに恐ろしい。結局、芙宇には羅威についていくという選択肢しかないのだ。
 こんな阿呆な相棒を持ったことを嘆き、芙宇は大きくため息をついた。
「おやおや、芙宇。またため息ですか。魔族にため息は似合いませんよ」
「あーハイハイ。佳瑠様はしょっちゅうため息ついてるけどね。…けどなあ、魔王様にも“会えなかった”ってのにこんな無意味な苦労してると思うと、愚痴の一つも言いたくなるぜ」
 無意味な苦労、というのは羅威に対するイヤミだったのだが。羅威はやはりというべきかそれに気づかず、「そうですねえ」などとのんきに言った。
「佳瑠様のお話では、あの青年が王であるということでしたが。…まったく信じないとまではまぁ言いませんが、いつ目覚めるともわからないものを、あのしみったれた村で待つというのも少々辛いものがありますからねえ」
「たしかにね。あの村じゃあ退屈で死んじゃいそうだよ。まあ、ケーキはすげえ美味しいし、オモシロイ人もいるから、悪いことばっかじゃないけどね」
「オモシロイ人? …ああ、あのミーネとかいう召喚士のことですか。おやおや、もしや好みのタイプなのですか? 色気づいて困ったものです」
 からかわれた芙宇は動揺するでもなく「ミーネ?」と首をかしげた。なんとなく、違う気もするが…。
「ま、嫌いなタイプじゃないけどねー…ってそうじゃなくてさ。人間の召喚士にしては、結構やるよなーと思って」
「ほう?」
 羅威は口の端をわずかに上げて、後ろを歩く芙宇を振りかえった。
「だってさー、………えっと…なんて名前だっけ、あの子供の姿の召喚獣。ホラ、あの召喚士の女の子にいつもくっついてる、臆病そうな…」
「のりょですよ」
 自信満々に名前を間違える羅威。だが、芙宇も「ああ」と納得してしまった。
「あののりょだって、半人前とはいえ一応召喚獣だろ。それを、あんな四六時中側に置いておけるなんてね。しかも何年も一緒にいるっつー話だし」
 召喚士は、契約している召喚獣を側に置いている間中、力を消耗し続ける。その消耗の度合いは召喚獣の強さに比例し、当然、力の弱い半人前の召喚獣は長い時間側に置いておくことが出来る。
 がしかし、半人前とはいえ、こうも長い間召喚獣と一緒にいられる者はそうはいない。並の者ならば、一月と経たずに先日のシェリと同じ状態になるだろう。
「たしかにたいしたものですね。どうしようもないほど弱くおまけに臆病であまり役に立たなさそうな召喚獣とはいえ、ずっと側に置いておくことなど、そうはできないものです」
「ボロクソだなあ」
「心苦しいですが事実ですから仕方がありません」
「心苦しいなら言うなよ」
 すかさず芙宇が鋭いツッコミをいれる。が、羅威には当然のごとく柳に風だった。
「事実は事実、ですよ。…きっとあの召喚獣、今あの程度の魔法力しか持っていないなら、一人前になっても弱いままでしょうねえ。半人前の時と一人前の時の魔法力は、比例しますし」
「ま、そうだろうけどー…」
 芙宇が、まだあどけなさの残る顔に笑みを浮かべる。
「俺、なんかの本で読んだんだけどさ。半人前の時にめっっちゃ弱い召喚獣の中には、大化けする可能性を秘めてるヤツもいるんだってさ。ごくごくわずかだけど」
「大化け…ですか。のりょがそうなると?」
「んー…」
 そこで、芙宇はにょろの姿を思い浮かべた。可愛らしいが少々…いやとても臆病そうな子供。召喚獣は召喚士を守るために働くが、守られる方が似合いそうな…。
「そうなったらある意味面白そうだけどさ。のりょには無理っぽいね」



 一方その頃、のりょ…もといにょろは。
 途方に暮れていた。
『どうしよう。リィネ〜』
 涙に濡れた瞳で、真っ直ぐにのびた大通りの先…神殿を見つめる。
(リィネを助けなきゃ。でも、どうしよう…どうしよう。誰か他の召喚獣を呼びに行って手をかしてもらう? 契約したばかりのセルシュさんなら、すぐ近くにいるし…。けど…力の強い召喚獣は、神殿に近づけば感知されちゃう…。じゃあ、ぼ…ぼ…僕が…?)
 リィネのために命をかける覚悟はある。けれど、力も知恵もない。それに、失敗すればリィネにも町にも迷惑がかかるかもしれない。いや、成功しても町の人が咎めを受ける…。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう…)
 リィネは、町の人を守るために黙って神殿の者達についていった。大嫌いな神殿に連れて行かれた。もし、自分がリィネを助けに行っても、リィネは助け出されることをよしとしないかもしれない。
(だからって…だからって、リィネをこのまま放っておくことなんてできないよ…!)
 どうしたらいいんだろうと、にょろは思った。
 …千年樹のばあちゃんならば、どうするだろう? 困ったことがあったときは、どうすればいいと言っていた…?
『何もしなければ何も変わらない。慎重かつ大胆に、まず行動を起こすことが大事だ』
 まず…まず、神殿に行こう。リィネの居所を探らなくてはならない。ただし見つからないよう、慎重に。
『あとは自分の能力をいかして、状況を打破する。能力以上の無謀な行為は厳禁。以上』 
 そんな曖昧な、とにょろは思った。これでは、神殿に行った後、具体的にどうしていいのかわからない。
(自分の能力をいかして…? 今僕が持ってる“技”は…変身。人間形態、ブレスレット形態、“元の姿”。あとはほんのちょっとの飛行能力。以上)
 しーん。
 にょろの周囲を、重苦しい空気がとりまく。
 あらためて思い浮かべてみると、半人前とはいえ自分の能力はなんと貧相なものか。
(そ…そんなこと今思ったって仕方がないんだ。えーと、神殿に近づいたら“元の姿”に戻る。あの細長くて小さい姿は、草むらに隠れやすいから…。それでどうにか神殿に近づいて、リィネの気配を探る)
 リィネの気配は、距離さえ遠くなければたとえ壁を隔てていようと感知できる。召喚士と召喚獣はもともと特別な結びつきがあるし、自分は特にずっとリィネと一緒にいたのだから。
(リィネのいる場所がわかったら…わかったら………どうしよう?)
 もしリィネ救出に失敗したらリィネと町の人が…、いや成功しても…、と堂々巡りになりそうなのを、首を振って止める。
(と…とりあえず、神殿に行ってみよう。ちょっと怖いけど、リィネのためだもん。僕頑張るからね、リィネ)
 にょろは、神殿についた後のことはその時考えることにして、とりあえず神殿へ向かった。
 意外に大雑把…もとい大胆なにょろだった。



「困ったな〜」
 リィネは、白い壁に浮き上がっては消える絵文字を指でなぞりながら、ぽつりとそう漏らした。
 彼女は今、東神殿の一室に監禁されていた。対魔物用なのか、それとも召喚士用なのか。どうやらこの部屋は魔力を封じる力があるらしい。リィネは、魔力を押さえつけられているのを感じていた。
 息が詰まると、リィネは思った。魔力を無理矢理コントロールされているこの感じ。白一色の狭い部屋。白くないものといえば、窓の鉄格子と重々しい鉄のドアだけ。
(…いやな部屋)
 リィネは、眉をしかめた。彼女には珍しい表情。
(こんな部屋、早く出ちゃいたい。にょろも心配してるだろうし)
 この部屋を出ることは、リィネにとって不可能ではない。神殿側はこれで魔力を完全に封じたつもりでいるが、リィネほどの知識と実力を持つ者ならば、召喚獣をこの場に喚ぶことも可能なのだ。特別な魔法陣を描くことによって。
(血で描けば、変身前のリュウイチさんクラスまでなら喚べる…けど、それじゃあ町の人に罪が及んじゃうもんねえ)
 だからリィネはこの“いやな部屋”で大人しくしていた。この先どうしたものかと悩みながら。
 力ずくで封印を破って召喚獣を喚べば、逃げられる。けれど町の人に迷惑がかかるので、それはできない。
 自分が大人しく神殿に捕まっていれば、町の人は助かる。けれどそれは正直なところ嫌だ。
「うーん、だから困ってるんだよねー」
 困っているとは思えないのんきな声で、リィネがつぶやく。
(そういえば…東神殿の人たちは、私をどうする気なんだろう?)
 攫われた娘が第一に考えそうなことが、やっとリィネの頭にのぼる。普通なら逃げる逃げない以前にそれを考えそうなものだが、リィネはあらゆる意味で普通ではないらしい。 
(私の“正体”を…知っている風には見えなかったけど)
 中央の人たちは内緒にしてるのかな、と一人ごちた。
(知らないんだったら、普通に処罰されるんだよねえ。…処刑? うーん、そこまで堂々とやっちゃうと神殿の異常性が目立っちゃうか。町の人たちの手前もあるしね。強制労働…鞭打ち…、洗脳…???)
 リィネの頭にいくつめかの“処罰”が思い浮かんだ時。
 重々しい音とともに、鉄のドアが開いた。
 ドアの向こうには、リィネをここにつれてきた男達。
「やあ、ご機嫌いかがかな? お嬢さん」
 余裕の微笑を浮かべる男に、リィネは無表情のまま答えた。
「良くないみたい」
「それは残念。だが、都会に行けば気も晴れるさ」
「都会…?」
 リィネの大きな目を見ながら、白い長衣の男は口の端をつりあげて笑った。



 男がリィネの元を訪れる少し前。
 にょろは、どうにか神殿の敷地内に侵入することができた。
(ふぅ…。このへんの草の丈が長くて、助かったぁ…)
 ぴょこりと、金色のヘビ―――本人はヘビではないと否定するが、見た目はどう見てもヘビである―――が草から顔を出す。神殿の者に見つからないようにと木々や石の間を通ってきたせいか、にょろの身体には小さな傷がたくさんあった。
(えーっと、リィネ…リィネは……)
 にょろは目をつむってリィネの気配をさぐる。長い間感じ続けてきた、あの温かで柔らかな気配…。
(…よし、こっちだ…!)
 にょろは身を低くしながら、スルスルと草の間を這う。この姿の小ささと魔法力の無さを、今はじめて誇らしく思った。リュウイチやセルシュでも、こんなふうに見つからずに神殿に近づくことはできなかっただろう。そう思うと、日頃のコンプレックスが少しだけ軽くなった気がした。
(…なんて喜んでる場合じゃないや。…リィネは…近いな。もう少し…)
 そう思った瞬間、すぐ近くでガサリと音がした。はっと振り返ると、鉄で補強されたブーツが見えた。それが、どんどんにょろに向かって近づいてくる。
(…神殿警備兵!!)
 全身の毛が逆立つような感触。今のにょろに毛はないが。
 にょろはあわあわ言いながら、すぐにブレスレットに変身した。直後、警備兵の大きな手がにょろに向かって伸びてくる!
(ひえええええええええええーーっ!!!!)
 心の中で大絶叫するにょろを、警備兵は持ち上げた。そうして、にょろを…ブレスレットをしげしげと見つめる。
「オーイ、何やってるんだ?」
 にょろを手に取っている男に、別の警備兵が声をかける。男はひょいと肩をすくめた。
「いや…何か金色のものが動いていた気がしたから、珍しい生き物でもいるのかと思ったんだが…。ただのみすぼらしいブレスレットだったよ」
 そう言って男はにょろをポイと放り投げた。そのまま、ズンズンと遠ざかっていく。
 放り投げられたにょろは、男が完全に遠くに行ったのを確認してから、再びヘビの姿へと戻った。そうして、チロチロとした長い舌をび〜〜〜っと男に向かって突き出す。
(ふんだ、みすぼらしくて悪かったね! 今は汚れてるし傷だらけだからだよ。普段はもっとキレイだもん。神殿勤めのくせして手にとっても僕の正体が分からない奴になんて、そんなこと言われたくないもんねーーだ。ばーかばーか)
 心の中でさんざん悪態をついてから、にょろはその場を去ろうと体の向きを変える。その先には、先ほどとは別の警備兵がいた。
『!!』
 驚いて、体がビクッと震える。その動きで、草がガサリと音をたてた。
(〜〜〜っ!! まずいーー!!)
 案の定、警備兵は「んん?」などと言いながらこちらに向かってきた!
 にょろは慌てて再びブレスレットの姿へと戻る。直後、やはり大きな手がのびてきた。
「む…?」
 にょろを手に取り、ひっくり返したり、指先でなでまわしたりする。しまいには匂いまで嗅ぐ。
(ひ〜〜〜〜〜!!)
 心なしかザラリとなったブレスレットの感触に、男は首をかしげ、じっとにょろを見る。が、やがて興味が失せたのか、「やっぱ気のせいか…」などと言ってにょろをポイと捨てた。
 草の中でブレスレットがダラダラと汗をかく。今度は舌を出す気力もなかった。
(はぁ、はぁ、はぁ…。た、たしかに金色の生き物なんてそうそういないけどさ…。珍しい生き物がいたからって、それが何だっていうのさ……神殿警備兵め…)
 元の姿が普通の蛇のようだったら、これほどまでに恐ろしい目にあうことはなかったであろう。
 美しい金色の鱗を、にょろは少しだけ呪った。

 そうして、ぐったりしながら神殿の周りをうろつくこと、約10分。
 にょろは、神殿の裏側にあたる北側に、鉄格子のはまっている窓を発見した。そこから、リィネの気配を強く感じる。
(ああ! やっと見つけた、リィネ〜〜〜!)
 緑色の瞳に、喜びが満ちる。蛇なのであまり表情は変わらないが。
 にょろはとりあえず喜びを抑え、辺りを伺った。
 …警備兵が一人いる。壁に背をあずけ、鉄格子の窓の真下からじっと動かない。リィネの見張りと考えて間違いはないだろう。
(一人…。思ったより、見張りが全然少ないなあ。リィネを甘く見てるのか、…それとも…?)
 大っぴらに見張りをできない理由でもあるのだろうかとも思った。が、どちらにしろ、今のにょろにとって見張りが少ないのはありがたいことであった。 
(どうしよう。どうやって、あの鉄格子の窓まで…)
 にょろは、鉄格子の窓を見上げた。
 …高い。階数にして4・5階といったところか。
 見張りの一瞬の隙をついて…というのは難しそうだ。あそこまで飛んでいけるのならば話は別だが、にょろにそこまでの飛行能力はない。
(……壁を登ろう)
 幸い、鉄格子の窓の3グレーザほど横に、出っ張った四角い柱がある。あの陰に隠れながら窓と同じ高さまで登った後、横に移動して鉄格子まで行けば、壁にはりついている警備兵には見つからない…おそらくは。
 にょろは、再び草の間をスルスルと移動し、柱の前まで来た。チラリと、警備兵を見る。彼は、鋭く辺りに目を走らせていた。
(新たな警備兵が来ませんように…。見つかりませんように…!)
 にょろは誰にともなく祈ると、にょろにょろと柱のすぐ横を這いのぼりはじめた。本人がヘビではないと主張するだけあって、ヘビには出来ない芸当をする。
 息を切らせながら必死で壁を登るにょろ。度重なる変身が、もともとないにょろの体力をさらに奪っていた。
『はぁ、ふぅ、はぁ…リ、リィネ〜。今、助けに…行く…からねっ』
 にょろにょろ。
 にょろにょろ。
 にょろにょろ…。
 にょろ…にょろ………。
 にょ…ろ……にょろ………。
 にょろ………ぴたっ。
『ふう…っ』
 にょろの動きが、止まった。
 休憩しているわけではない。鉄格子窓と同じ高さまで登ったのだ。
(あとは…ここから横に移動する。見つからないように…慎重に…)
 柱の上にそっと進み、下の警備兵の様子を見る。相変わらず周囲に警戒を払っているが、さすがに壁を蛇が這っているとは思いつかないのだろう、こちらを見上げる様子はない。
(お願い…上、向かないで…)
 慎重に、けれど急いで、にょろにょろと壁を這う。
『はぁ、ひぃ、は、…も、もう……少しっ…』
 あと一にょろで、窓の縁に到達する。
 そうにょろが思ったとき、部屋の中からギィイィィ、ガシャーンという、重々しい音が響いてきた。次いで、嫌〜な声が聞こえてくる。
「やあ、ご機嫌いかがかな? お嬢さん」
 この声は、とにょろは思った。
(うわ〜、あいつだ! 町の人を盾にとって、リィネを連れて行った神官!)
 にょろは、嫌悪感に目を細めた。が。
「良くないみたい」
 聞きなれたのんきな声に、にょろは今度は目を輝かせる。
(あああ〜、リィネの声だ〜! よかった、この声からすると、まだ元気みたいだ…)
 にょろは心底安心した。が、その安らかな気持ちも、そう長くは続かなかった。
「それは残念。だが、都会に行けば気も晴れるさ」
「都会…?」
 男は一呼吸あけた後、高らかに宣言した。
「君を中央神殿に護送する」
 茶色の瞳と緑色の瞳が、同時に大きく見開かれた。


続く。
2002.10.13

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