第二十一話『上級魔族・佳瑠』 担当者:そぼりん戻る。 |
ギィィィイイイン!! 闇を切り裂くような高い音をたてて、アルカスの剣と佳瑠の銀色の剣が激しくぶつかり合った。 間合いをつめる勢いのまま繰り出した剣を軽々と受け止められ、アルカスは小さく舌打ちする。 「こら、バカ! 一人で飛び出すな!」 作戦や役割分担を決めながら戦おうと思っていたグラティスは、猪のごとく敵に突っ込んで行ったアルカスに半ば呆れながら叫んだ。 が、当のアルカスはそんな言葉など耳に入っていないかのようにひたすら攻撃する。佳瑠は、アルカスの激しい攻撃を難なく受け止めた。 (ちっ…、優男風の外見のくせに、かなりの使い手だ…!) このまま単純に剣を交えていれば、負けるのは自分だろう。 少し冷静になった頭でそう判断したアルカスは、魔法攻撃に移ろうと少し距離をとろうとした。が、佳瑠は素早く距離をつめてくる。しかも、アルカスの攻撃を受け止めるだけだった彼は、徐々に攻撃を交えはじめた。 (くそっ…集中状態に入れない!) アルカスの口から漏れる息が、少し荒くなった。 相棒が押され気味なのはわかっていたが、グラティスは衝撃波を撃つことができずにいた。二人の距離があまりに近く、アルカスにも当たってしまう恐れがあるからだ。 (ったく、魔法神官のくせに接近して戦うなってんだよアホ! ぼけ! 単細胞! …さっさと離れろ!) 剣に気を溜めながら、心の中でアルカスを罵るグラティス。 そのグラティスの願いが通じたのか、アルカスは鳩尾に蹴りをくらって後方に吹っ飛ばされた。 「っかは!」 木に叩きつけられたアルカスを一瞥もせず、佳瑠はグラティスの方に向き直った。 グラティスが剣を振り上げたのと、佳瑠が指で空中に何かを描いたのは、ほぼ同時。 「くらえ魔族! 破ぁぁっ!!」 「風斬破!」 ドォォォオン!! 衝撃波と魔法がぶつかり合い、一瞬の爆風を生む。大地と風、相反する属性の力はしばし拮抗していたが、やがて相殺されたのかふうっと消えた。 衝撃波をあっさり消されたことに驚く間もなく、佳瑠が接近してくる。グラティスは、剣を構えなおした。 今度は、グラティスと佳瑠の打ち合いになった。神剣と魔力の剣が、火花が出るほどにはげしくぶつかり合う。アルカスはその隙に痛む腹部にかるく治癒魔法をかけ、立ち上がった。 (魔族なら、光の魔法が弱点だ…。この距離から、奴だけに当てられる魔法は…) アルカスは、静かに目を閉じた。 頭の中に、輝く光をイメージする。修行の成果か、自分でも驚くほどスムーズに頭の中を光で満たすことができた。 「我、大いなる神に願い奉る。我が内に宿る神々への忠誠を、悪しき輩を焼き尽くす聖なる光へと変えんことを! …クリアライト!」 辺りを明るくするほどの多数の光球が、アルカスの周りに現れる。彼はその眩しさに目を細めながら、不敵な笑みを浮かべた。 (防御魔法の詠唱をしても、避けようとしても、隙ができる。グラティスならその隙を見逃さないはず…) 白い線を描きながら、光の球がまっすぐに佳瑠へと向かって行く。 (さぁ、どうする魔族!) ―――佳瑠の行動は、アルカスの予想を完全に裏切った。 彼は防御魔法を使うことも避けることもせず、その身に光弾をすべて受けたのだ。 (…!! なんだと!?) (ば…かな…!) あまりに予想外の行動に、かえってグラティスに一瞬の隙ができてしまう。 佳瑠はその隙を見逃さず、闇属性の魔力を一瞬で手のひらに集めると、それをグラティスの鳩尾に思い切り叩き込んだ。 「……ッ!!」 重いグラティスの身体が一瞬浮きあがるほどの、衝撃。それでも彼は尻餅をつかぬようなんとか身体を空中で捻り、靴底を地面に擦りながら10グレーザほど後方で止まった。 「く…ぁ…」 全身が痺れ、ひどい眩暈と吐き気に襲われたが、それでもグラティスは敵の攻撃に備えて自分の前に神剣を突き立てた。 「グラティス!」 走り寄ってくる相棒に大丈夫だというように片手をあげると、グラティスは咳き込みながら起き上がろうとした。 (今の一撃で気絶させるつもりだったが…魔力が足りなかったか?) 思ったほどダメージを受けていないことに少し意外そうな顔をしながらも、佳瑠はグラティスに手のひらを向けた。 「闇の炎よ…無垢なる力よ…」 「…!」 アルカスの背中に、冷たいものが走る。ダメージゆえに動けないグラティスに、魔法が直撃してしまう! 「我が敵に黒き抱擁を!」 「くっ…光の神よ、我らを守りたまえ!」 簡略化した詠唱をしながら、アルカスはグラティスの前に躍り出た。 「黒炎!」 「ライトシールド!!」 佳瑠の手から闇色の炎が飛び出ると同時に、光の盾がアルカスの前に現れる。 聖なる壁は、闇の炎を受け止めてはじいた。だが、簡略化した詠唱によって発現した盾は完璧ではない。 (…っ、駄目だ、もたない! 破られる…!) 魔法の盾にヒビが入る音を聞いたその時、後ろから苦しげな声が聞こえた。 「大地の…力よ、我らに守り、を…!」 光の盾が硝子のように砕け散ったその直後に、アルカスの前に大地の“気”が凝縮する。勢いの弱まった黒炎は、その“気”とはげしくぶつかり合って霧散した。 その衝撃でまたも飛ばされかけたアルカスだったが、今度は片膝をついたグラティスに受け止められた。 「って…ぇ。大丈夫…か、アルカス」 「あぁ…助かった。すまない」 グラティスから離れ、アルカスは再び剣を構えた。鋭い眼光を保ってはいるが、少し開いた口から漏れる息は、やや荒い。 「…さっきの一撃のダメージは?」 振り返らず、グラティスに聞く。 「まだ身体が痺れてるが、たいしたこた…ねぇ。時間と共に神剣が癒してくれる…」 「そうか…」 神剣は持ち主の傷や消耗を癒してくれるが、その力はゆるやかに作用するもので、魔法のように一瞬で効果を表すものではない。 魔法で彼を癒してやりたかったが、光の回復魔法が効きづらいグラティスを癒すには、やはり時間がかかる。その隙に攻撃されてはたまったものではない。 (わずかな隙も、あいつには見せられない…。くそっ…俺達がてこずったあの属性使い達とも桁違いだ…!) 強い、と素直に思った。 高度な剣技。グラティスと剣をあわせてもひけをとらない腕力。並外れた魔法の発動の早さ。魔力の高さは言うに及ばず、魔族ゆえに反属性の魔法を使えないという制限もない。 (魔法防御だって並じゃない。たしかにクリアライトは命中力重視で威力は低めだが、魔族の弱点である光の魔法を身体に受けて無傷とは…。生半可な光では、奴の身体を覆う魔力に食われるということか? だが、光の上位魔法は時間もかかるし隙も大きい。うまく発動させられる自信もない…。くそっ!) ちいさく舌打ちをして、十数グレーザ先に立つ上級魔族に視線を向けた。夜目がきくよう訓練されているので、わずかな月の光の下でもはっきりと見ることができる。 月光の剣を握る右手は無造作に下ろされている。左手には闇にまぎれそうな、黒い炎。長い黒髪とロングコートが、身体から発する魔力によってわずかに揺れていた。 ぞっとするほど整った顔には、なんの表情も浮かんではいない。深く、静かで、底知れない闇そのもののような瞳で、ただこちらを見ている。 (…なぜ攻撃を仕掛けてこない…) グラティスがまだ回復していない今が、絶好のチャンスだというのに。 (俺達なんていつでも倒せるとでも言うつもりか…!? くそ、なめやがって!) その考えは、半分当たっていて半分外れていた。 佳瑠の目的は時間稼ぎだ。勇者達を倒すことではない。だからこうして武法勇者の回復を待って、まさに時間を稼いでいる。 だが、二人同時に相手をしても負けることはないという自信があるからこそ、黙って待っていられるというのも事実である。 しかし、と佳瑠は思う。 (…窮鼠猫を噛む、という言葉がある) 相手は殺す気でかかってきている。殺さないよう加減して戦っていられるうちはいいが、それが無理になったならこちらも本気を出さざるをえない。 もともと、手加減は上手なほうではないのだ。得意としているのは剣や体術、魔法も攻撃魔法ばかり妙に長けていて、特殊魔法はいまいち苦手なのだから。 (強制移動なら、相手を傷つけずに済むのだが…。同族を故郷である“あちら”に帰すのとはわけが違う。魔法神官は魔法防御が高いし、武法神官は神剣を持っているから無理だろう。こういった相手に強制移動を使えるのは、空間系魔法だけが異常に得意だった慧理(えり)くらいか…) 佳瑠はかつての同僚を思い出し、複雑な表情でため息をついた。 とそこで、グラティスがよろよろと立ち上がった。まだダメージは残っているようだが、神剣を構えるその姿に闘志の衰えは感じられない。 佳瑠は、ちいさくため息をつく。 「まだ、引く気にはならぬか。神殿の者達よ」 「当たり前だ! 魔族を前に逃げるような勇者はいない!」 威勢良くアルカスが答えた。 「…私は殺生は好まない。だが、殺されてやるほど優しくもない。戦いの展開次第では、お前達の命をもらう」 「…!」 「…こともないとは言い切れない」 「…。はっきりしねぇ魔族だな」 グラティスが脱力する。 魔族なら魔族らしく、はっきり「殺す!」とでも言えばいいものを、どうにも調子が狂ってしまう。 アルカスは和みそうな空気を再び引き締めるかのように、額布とマントを外して派手に放り投げた。 「貴様がどんなつもりだろうが関係ない。俺達はただ神の御名の下に魔族を倒すだけだ!」 無駄に気合の入ったアルカスの言動に、佳瑠はまたちいさくため息をつく。 「命が惜しくないらしい」 脅しではなく、率直な感想。 「もとより死は覚悟の上」 「死にたいわけじゃねぇ…けどな」 同僚に睨まれ、グラティスは肩をすくめた。 「かといって逃げる気はねぇよ。相手がどんな強敵でもな」 そう言って、にやりと笑う。その顔に恐怖の色はない。 厄介な熱血人間達だと、佳瑠は思う。魔族を倒すことに、たった一つしかない命を惜しげもなくかけている。実力の違いはわかっているはずなのに。 (死に躊躇いのない者への手加減は、時にいらぬ危機を招く。ゼイル殿のことも考えるなら…決着をつけておいたほうが良さそうか…) 佳瑠の表情から、甘さが消えた。 「お前達の覚悟はわかった。…これ以上は何も言うまい」 黒炎の宿る左手を上げる。炎が、大きくなった。 勇者達の全身に緊張が走る。 「戦闘再開だ。…かかって来るがいい」 佳瑠の目が、冷たく細められた。 「言われなくとも! 神々の御手よりこぼれ落ちたる白き光よ、今我が下に集いて魔を、…! うわっ!」 「!!」 細い槍状になったいくつもの黒炎が、鋭く二人を襲う。二人とも全ては避けきれず、腕や足に浅い傷を負った。 「くっ…かかって来いって言ったくせに、詠唱を邪魔するとは…」 「アホなこと言ってる場合か、次来るぞアルカス!」 グラティスの言うとおり、佳瑠は次の魔法にかかっていた。 優雅な指が、空中に素早く水の紋章を描く。 「させるか! 破ぁ!!」 「神よ力を! ウインドブレイド!!」 魔法の発動を止めるため、二人は慌てて衝撃波と魔法を発動させる。だが、佳瑠の魔法の完成の方が一瞬早かった。 「水龍」 佳瑠の前に大きな大きな水球が現れ、衝撃波と魔法を飲み込む。次の瞬間、水の塊は大きな二匹の龍の形をとり、猛スピードでアルカスとグラティスに向かっていった。 二人は左右に分かれ、水の龍を避ける。だが龍は通り過ぎた後突如向きを変え、二人の背後から襲いかかった。 「なに!?」 「!!」 アルカスはかろうじて避けたが、ダメージが残っているグラティスは至近距離からの予想外の攻撃を避けることはできなかった。強烈な水圧攻撃をくらい、吹っ飛ばされる。 もう一匹の“龍”が結界に当たって消滅する音を聞きながら、アルカスは相棒に駆け寄ろうとした。 「グラティス!」 「神剣のガードの上からだ、大したこたねぇ…っ! いちいち俺を気遣う暇があったら、魔法の…」 言いかけたグラティスの頭上に、紫色の光が生まれる。 グラティスの本能が警鐘を鳴らす。神剣に気を込める―――。 「雷」 稲妻が、水に濡れたグラティスの身体を貫いた。 「う…あぁぁああッ!!」 「―――!! グラティスー!!」 力なく崩れ落ちたグラティスを見て、アルカスが真っ青になる。 (まさか…、まさか…っ) 最悪の事態を想像したアルカスの耳に、グラティスのかすかな苦鳴が耳に届く。アルカスは、わずかながらも安堵した。 が、佳瑠の指がグラティスの方に向けられるのを見て、再び血の気を失った。 (この上とどめをさす気か!?) ざわりとした感触が、背中を伝う。 一瞬目の前に浮かぶ、過去の無残な光景。思い出される心の痛み。 (二度と…二度と、あんな思いはごめんだ…。魔族なんかに、俺の相棒は絶対に殺させない!!) アルカスの頭の奥で、何かがはじけた。 「神よ力を! ファイアーボール!!」 火の玉が、凄まじいまでのスピードで佳瑠に向かって飛んでゆく。彼は横に避けてやり過ごした。だが。 「ファイアウォール!!」 「!」 炎の壁が佳瑠を囲む。当然のごとく、彼は水の魔法で炎を消した。 …そこで生まれた、一瞬の隙。 「光の神よ、我に力を! ジャッジメント!!」 「なに!?」 佳瑠の足元に、白く輝く光の紋章が現れる。防御魔法は間に合わず、ほぼ無防備状態にある彼を、眩いばかりの光が下から貫いた。 「……っ!!」 周囲を昼のごとく明るくするほどの光の柱の中で、彼は声にならない声をあげる。 その光が徐々に消え、森が闇を取り戻すと同時に、佳瑠はその場に片膝をついた。 しん、と、辺りが静まり返る。 アルカスが、ごくりと息をのんだ。 (…発動、した…。光の上位攻撃魔法を、正式な詠唱なしで…。完璧に詠唱してさえほとんど成功したことがなかったのに。…そういえば、以前よりも光の魔法を楽に使えるようになっている…ような気が…?) 肩で息をしながら、アルカスは佳瑠がそのまま立たないでくれることを祈った。 ダメージがあるうちにもう一撃打ち込みたいところだが、火の魔法二連発はともかく詠唱を省略しての光の上位魔法は負担が大きすぎたらしい。一時的に魔法力が著しく低下していた。 (今ので、決まった…か…? そうじゃないとしても、せめてこちらの魔法力が回復するまで……) …その願いは、もろくも崩れ去った。 膝をついていた佳瑠が、ゆっくりと起き上がったのだ。 顔を横に向けて少量の血を吐き出し、乱れた髪をかき上げてアルカスを見る。 「なかなかやるものだな。今のはさすがに効いた…」 そう言って彼は、わずかに血がついた唇を歪め、笑った。優しい笑みではもちろんない、けれど怒りの表情でもない、どこか楽しむようなその表情に、アルカスは背筋が寒くなった。 (ちくしょう…。詠唱を省略したとはいえ、ジャッジメントは上位魔法だぞ…。いったいどれだけの光を打ち込めば、奴は倒れるんだ!?) ジャッジメントよりも威力が上の光魔法といえば、ライトクロスかピュリフィケーションしかない。ライトクロスはグラティスとり憑かれ事件の時に自分でもわけがわからないまま発動させたのが初成功例で、ピュリフィケーションに至ってはまともに発動したことが一度もない。雷・風使いにやられて以来ずっと練習しているが、やはりというべきかまったく成功しない。 (使えないんじゃ話にならない。他に効果がありそうな魔法といえば、光の中位以上の魔法か、他の属性の最強クラスの魔法…。それでも、何発か打ち込まなくては倒せない。だが、強い魔法ほど連発はできない…) とそこで、彼は何かを感じて顔を上げ、空色の瞳を見開いた。 ダメージを負っているとは思えぬ速さで、佳瑠が一気に距離をつめてきたのだ。 「!!」 佳瑠の剣が、銀の残光を描きながら迫ってくる。アルカスは慌てて剣を受け止めた。 ふたつの剣が奏でる冴えた音が、二度、三度と月夜の森に響く。 先ほどよりもやや鋭さを失っているとはいえ、長い手足も使う佳瑠の多彩な攻撃は、アルカスを徐々に追い詰めた。 (ダメージが残っているはずなのに、なんて動きだ…!) アルカスの頬を、剣がかすめる。かすっただけのはずなのに、ダラダラと血が流れてきた。 が、それを気に止める暇もないまま、慌てて後ろに飛びのく。自分の足があったところを、佳瑠の剣が薙ぎ払うように走っていった。 ほっと息を吐いたアルカスの視界から、一瞬、佳瑠が消える。 「!?」 翻ったコートと黒いブーツが見えたと思った次の瞬間。 顎に、強烈な衝撃が走った。 「……ッ!!」 「!! …アル…カ、ス…!!」 強烈な耳鳴りの中で、わずかにグラティスの声を聞いた気がした。 目の前にチカチカ飛んでいる星が邪魔で、何も見えない。どちらが天でどちらが地なのかもわからない。 …何が起こったのか、まったく理解できなかった。 「アルカス…ッ!!」 剣を地面に突き立て、グラティスはなんとか上半身を起こす。だが、それ以上は何もできない。立ち上がってアルカスの側に行くことも、剣を振って衝撃波を撃つことも。 (くそっ…くそ! 動け、俺の身体! あんなもんくらっちまったんだ、アルカスはしばらく動けねぇ!) 下段攻撃の勢いのまま身体を回転させ、凄まじく低い位置から顔面へと足を振り上げる後ろ回し蹴り。アルカスが喰らったのはそれだった。並外れたバランス感覚と身体のバネがなければできない技である。 常人ならば良くて気絶、悪ければ首の骨が折れて死んでいるというほどの威力だったが、なかば無意識に蹴りと同方向に顔を動かしたため、わずかに衝撃を逃すことができた。 それでも、今のアルカスは立っているのが不思議なくらいのダメージを受けている。脳も身体も、機能停止状態に近い。彼は今、敵の前にひどく無防備な姿をさらしていた。 「少し浅かったとはいえ、あれを食らって立っていられるのはさすがといったところか。だが…それも終わりだ」 ゼイルを逃がすための時間稼ぎはそろそろいいだろうが、この勇者達をそのままにしてこの場を去る気はもうなかった。並ならぬ戦闘能力を持つ彼らのことである、下手に体力を残しておくと、後で色々と面倒事を起こすかもしれない。 少なくとも、動けないようにしておかなくてはならなかった。…特に、魔法神官は。 「闇夜を切り裂く雷(いかずち)よ」 静かに、佳瑠が詠唱を始めた。 グラティスの背中に冷たいものが走る。 (アルカスを先に殺るつもりか、俺も一緒にか。頼む…神剣よ、俺に力を! 大いなる大地の神よ、汝の名を冠する剣の使い手に、今だけでいい、力を!!) グラティスは、心の中で叫んだ。この声が神に届くはずなどないと知りながらも、祈らずにはいられなかった。 つづく。 |
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